黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

賠償金額を伝えるよりも

 週の始め、知人の民事判決が東京地裁であり、公判と記者会見にお邪魔した。自転車による交通犯罪についての裁判で、その結果はかなり大きく報じられたので、お気づきになった方も多いだろう。
 
 NHKを含む多くの報道では、「加害者側が自転車であってもクルマ並みの損害賠償が命じられた」という観点で、見出しには金額が踊った。
 
 特にNHKの場合、自転車による事故の高額賠償が多く命じられている傾向を語る弁護士のコメント付きだったため、あのニュース報道に接した人は「高額である」と評価された金額に目を向けただろうな、と思った。そして、あたかも被害者遺族の完全勝利のような印象を見る側は持っただろうと思った。
 
 その証拠に、その知人を知る人が私にもメールを下さったり、話をしてきたが、大体が「良かったですね」との感想だった。
 
 その判決についてどう考えるのかは、原告のご遺族がご本人のブログで書いてらっしゃるので、そちらを是非読んでもらいたい。
http://ameblo.jp/azumin827/
 
 ただ、よく考えてみてもらいたい。加害者側が自転車だろうがクルマだろうが、殺された側にすれば大事な家族が奪われたことに何ら差はない。自転車だからといって、ことが軽く済むと考える方がどうかしている。だから、同じ損害賠償が命じられるのは遺族にすれば至極当たり前のことであって、何の驚きもないというのが本当のところだろう。
 
 まあ、加害者がどう見ても非常識で無理な主張を展開していたので、「裁判官が普通の感覚を持っている人で良かった」ということになるのかもしれないが・・・。
 
 実は、この裁判の記者会見の時に、被害者遺族は「見出しに金額を出さないでほしい」と報道陣にお願いをした。本文に書くのは仕方ない、でもセンセーショナルに見出しに金額を流さないで、と。
 
 なぜかといえば、裁判の目的は、金銭目当てじゃないからだ。
 
 今回のご遺族は、母親の命を、信号無視して横断歩道を横切った自転車により奪われた。その「直接被害」を訴えるだけでなく、実は、その母親の死により鬱と認知症を悪化させて人格が崩壊した父親の、「間接被害」を問う戦いでもあったのだ。
 
 被害者は、数字上では1人かもしれない。しかし、家族が1人奪われると、家族全体に甚大な影響が出る。その間接被害の大きさたるや、あるご遺族が「ご近所の中で、うち1軒だけが津波に襲われたようなもの」と口にしていたが、そんなに大きな被害を受けていることなど、残念ながら社会にはあまり知られていない。
 
 震災では「震災関連死」という被害の考え方が社会的に受け入れられているのに・・・事件事故で家族にかかる精神的重圧は、無視できない問題だと思うのだが。
 
 今回の判決では、しかし、壊れてしまった父親の間接被害についてはゼロ回答。全く認めてもらえなかった。その点は、報道で見る限り、全然伝わってはこない。
 
 白状すれば、自分が記者だった頃もそうだった。「本筋」である直接被害が遜色ないほどに認められての判決になっていれば「間接被害は認められなくても仕方ないよね、これは勝訴判決だよ」という書き方になっていたと思う。
 
 見出しを付けるのは他のレイアウターの仕事だったが、記事を書いた側として「見出しに金額を入れないで」とリクエストしたこともなかったように思う。被害者に接し、報道の仕方に疑問を持っても、行動に移せるほど力がなかった。ああだこうだと理屈をつけて、正当化しようとしていたのかもしれない。
 
 「そもそも、見出しに金額が入らないような記事を書けばよい」と言われるかもしれないが、やはり「本記」と呼ぶメインの記事は、どうしても定型的な書き方になるので、判決の主文でもある金額を本文で避けることなどは、到底できなかっただろう。
 
 そして「何とかサイド記事で、金銭が目的でないという遺族の考えはフォローするようにしますので、本記の方は許してください」と謝るしかなかっただろうなと思う。
 
 今回だけでなく、刑事裁判で満足いく答が得られなかったから民事訴訟で改めて真実を追求するなど、ご遺族によってそれぞれ真剣に民事に賭ける理由がある。しかし、日本の民事裁判の在りかたがそうなっているから仕方ないのだが、「〇〇円払え」という形での請求になり、判決の主文でも〇〇円の支払いを命じる形になってしまう。
 
 そのシステムのせいで、金額だけが大々的に報道されてしまう。そのため、なんと多くのご遺族が悩まされてきたことか。勝訴して、だけれど加害者が保険に入っているか資力があるかしなければ支払ってもらえるかどうか怪しい場合でも、「家族の命を金で換えるのか」という全く見当違いも甚だしい批判にさらされることも珍しくない。
 
 まして、今回のケースでは、間接被害は認められていないので、請求金額で言っても判決で認められたのは半額だ。それでもまるで完全勝利をしたような報道になっているから、控訴したとして、社会的に理解されにくい状況にならないか心配だ。しかも今回、ご遺族は名前と顔を出して会見に臨んでいた。このネット社会で、金額と名前と顔と、さらに理解されにくい控訴の事実がセットになって出回るとしたらどういうことになるのか、大方予想がつく。
 
 だからこそ、金額に焦点を当てるだけでなく、さらに「直接被害」の部分だけ切り取るのではない報道を考えてもらいたかったのだが・・・。
 
 会見でのやりとりをもう少し詳しく言うと、ご遺族は名前と顔は出す決断をしていた。その代わりにできれば見出しに金額を出さないでと言った。名前と顔を出す理由は、全国にいる、孤立しているだろう自転車による交通被害の遺族と連携したいから、ここに遺族がいると報道陣に伝えてもらいたい、という考えからだった。
 
 気づいたところでは、日テレだけが見出しに金額を入れず、ご本人の名前を出して報道するという、要望を飲んだ報道の仕方をしていた。
 
 そして、他の社の多くは見出しに金額を出す方を選択し、その代わりに名前と顔を伏せ、定型の報道になっていた。あちら立てればこちらが立たず、ということかと思うが、名前を伏せれば、全国の同じ自転車事故の遺族とつながりたいとのご遺族の希望は叶いにくい。
 
 前述のNHKは見出しに金額も出し、名前も顔も報道し、おまけに内容でも一般予防の観点から加害者になるとこんなに大変ですよ、ということを伝えたかったのかご丁寧に金額に焦点を当て、遺族の気持は完全にスルー。
一番見出しに細かい金額まで出した毎日新聞は、顔写真も掲載して名前も出した点ではNHKと同じだが、記事の扱いが大きめ。その分、遺族コメントも多めに拾われていたが、間接被害には目を向けていない点では他と同じだった。
 
 自分が記者だった時にはできていなかったのに何を言う・・・と思われても仕方ないが、自省を込めて、報道が変わってもらえないかと思う。「加害者はこんなにお金がかかるんですよ、大変ですよ」では、まるで払わせる遺族が悪いみたいだ。それに見合う、もしくはもっとひどい目に遭っていて、そしてその支払われたお金で命があがなえるわけもなく、すべてが解決できるものではないのに、そんな報道では下種な嫉妬を招くだけで、遺族への理解は決して深まらないだろう。
 
 ひとつの事件がどのように家族を壊すのか、「こんなに被害者はひどい目に遭っているんですよ」と社会に丁寧に伝える方が、高額賠償の金額を並べる表を作るよりも悲惨な事件事故の抑止につながるのではないか、一般予防にも資するのではないか。そんな風に思う。