黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

過失犯は「第二の被害者」?被害者は納得できるか

なんかちょっと、違和感が大きい。「第二の被害者」とは、「他者にケガを負わせる事故に関与した人で、その事故に対して個人的な責任を感じている人」・・・そんな言葉があるそうだ。最近の不勉強を露呈するようだが、初めて知った。シドニー・デッカーという人が2013年に出した『Second Victim: Error, Guilt, Trauma, and Resilience』にそう定義されているらしい。

今年の被害者学会の学術大会を傍聴してきた。私はいつも、エライ先生方の話を一方的に聞いてくるだけだ。

しかし、今年の大会プログラムを見た時から、個別報告の「過失事故加害者の被害者化」というタイトルがモヤモヤして気になっていた。その報告の中で説明されていたのが冒頭の「第二の被害者」だ。

発表者が想定していたのは、専門性の高い職業に従事する人で、その業務中に過失による事故を発生させた加害者とのこと。具体的な例としては、薬剤の過剰投与で幼児を死なせたとして自殺した看護師、必要な距離よりも短い滑走路から離陸して墜落し、自身も死亡したパイロットと副操縦士などが示された。

この看護師の場合、病院は「事故防止のために病院は適切な処置を取っていた」と報告、暗に看護師の責任だとされて自殺に至ったらしい。パイロットの場合は、滑走路の工事の状況が反映されていないチャートを渡されていたにも関わらず、安全確認をしなかったのが悪いと死者に責任がなすりつけられたらしい。

それで、「第二の被害者」の特徴として、報告では以下のように説明されていた。
【感情】 問題の発生を制御できなかったという専門家としての挫折感、罪悪感に支配され、
【責任】 組織の構造的問題をスケープゴートとして背負わされ、
【生活】 刑罰を受けたり、免許取り消しなど行政処分を受け、犯罪者のレッテルを貼られる
【社会的認識】 そして、社会的にも「加害者」として責任追及(非難)の対象になる・・・。

そして、発表者は、事故原因の解明と再発防止のため「第二の被害者の救済」の必要性があると言っていた。「被害者学の役割」としても、第二の被害者の救済、第二の被害者の発生防止の2つを通じて、事故の発生防止に貢献しろと言っていた。

う~ん・・・「第一の被害者」への支援だってまだまだ不十分なのに、過失犯のことを「第二の被害者」ときれいな呼び名を与えて救済しましょうなんて、被害者学会なのにそれでいいの?・・・と思っていたら、案の定、会場から質問があった。

専門家の過失事故の加害者を想定すると言っても、どこで線引きするのか。身の回りに起きている過失事故と言えば、一般的に想定するのは交通事故。故意に近いものもあるのに過失犯として裁かれている現状があり、(第一の)被害者の処罰感情は強いものがあるが・・・そういった質問だった。そう、その通り!

どれだけの交通犯罪被害者が「事故」「過失」という言葉に泣かされてきたことか。それを分かってい過失犯を「第二の被害者」と呼びましょうなんて、ずいぶん罪深いことをおっしゃいます。

例に挙がっていたケースは、言いたいことが分からないでもないけれども、刑事罰優先を転換して加害者側の話を十分聞き取り、原因などの構造を解明すれば、再発防止につながる・・・という考え方に基づいて、事故調査委員会鉄道事故や航空機の重大インシデントが発生したら今は立ち上がるようになっているんじゃないんですかね。別に「第二の被害者」なんて呼ばなくたって、加害者は加害者と呼んでも調査できますよね・・・と思う。

過失犯(第二の被害者)と並べて第一、第二と呼ばれることになってしまう「被害者」は、納得できないのではないか。被害者学に裏切られたような気さえするかもしれない。「被害者の苦しみなんて、研究者は全然わかってないじゃない!」と、本来の被害者が心を閉ざしてしまうような気がする。

さらに驚くことに(いや、今更驚かないけれど)、「そういうことなら、過失犯だけじゃなくて故意犯も入れて考えないのはなぜ」的な質問もある先生からは出ていた。そういった先生方の頭の中では全員が「被害者」ってことになってしまうのかもしれない。一般人としては、「どういうこっちゃ」との思いがぬぐえない。