黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

父と私のピアノレッスン

さいころ、私は父にピアノを習った。
近所にピアノ教室が無く、会社員だけれど昔から弾いていた父が、
カワイに頼まれてピアノとソルフェージュを教えていた。

毎週日曜日には、レッスンのために子供たちが家に集まった。
近所のみんなのレッスンが終わると・・私の番だった。

いい思い出はない。みんなと違い、容赦ない。逃げ場もない。
ひどいと物差しや平手で叩かれ叩かれ、弾いた。
褒められたことなんかあっただろうか。

確実に、毎週日曜日のレッスンは私のストレスの源だった。
1人で練習中、泣いてメトロノームをピアノに投げつけたこともあった。
あの傷、まだ蓋に残っているんだろうな。

父は、私の不貞腐れたピアノ演奏をどう思っていただろう。
聴く方も、やっぱり毎週のストレスだったかな。

考えてみると、きょうだい3人の中でピアノを習い続けたのは私だけだった。
父と私だけの、今や貴重な記憶のはずだが、嫌々だったからろくに憶えていない。
たくさん弾いたが、そっちは曲名さえあやふやだ。
確実に憶えているのは、学校で伴奏した校歌とか?
遊びで弾いたビリー・ジョエルの曲とか?

ピアノからはすっかり縁遠くなってしまった私。
しかし、父は昨年までは弾いていたそうだ。

二胡を習っていた父は、毎年の発表会にも出ていたそうで
伴奏の楽譜を自分で起こし、ピアノで弾いてパソコンに取り込み、
それをバックに二胡を練習していたそうだ。
そうやって、昨年の発表会にも出たと・・全然知らなかったが。

今年1月に交通事故に遭って以来、人が変わってしまった父。
父の手からはピアノも二胡も離れたままだ。
最後の退院だと言われ、自宅に戻り、ピアノの部屋で寝ている父。

いきなり家族が分からなくなったり、迷子になったり、
北朝鮮に行ってきた」と辻褄の合わないことばかり口にするくらいだから
ピアノが分かるかなあ・・弾こうと思っても無理かもなあ。

せっかくピアノの前で寝ているのだけれど
何か弾いてあげたくても、私はもう弾けないんだよね。
やめずにおけばよかったな。
まだ、バイエルぐらいは弾けるだろうか。