黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

やっとのお礼状

 新型コロナで家にいる。みんなそうだろうけど。今日の夕べには、総理が緊急事態宣言を7都府県に出すとの報道があった。世の中、いよいよ大変なことになった。

 私のアメリカ人の友人も、しつこい風邪で胸のあたりが苦しくなっている模様。経験したことのない頭痛もあるという。医師の指示で抗生剤や鼻のスプレーは処方されているものの、発熱はなくPCR検査はまだのよう。怖いと言ってるが、そうだよね・・・本当に彼女のことが心配だ。それに、2~3週間後には東京もNYでの事態の後を追うそうだし他人ごとではない。

 とはいえ・・・亡くなった方たちのことを考えると本当に不謹慎そのものなんだが・・・もしCOVID-19にかかって死ねば、クロスケに会える。一番に迎えに来てくれると想像すると嬉しくなって、「寂しかったらいつでも呼んでくれていいんだよ!」と夫婦で亡き息子に呼び掛けたりしている。夫婦で息子バカですから。

 もし、今もクロスケが生きていたら・・・。こんな状況で、人間ではない猫型息子を守りきれただろうか。いくら我々にとっては宝なんだと主張しようが、当然、動物は後回しだ。もし自分が感染して闘病中の息子を置いて入院しなければならなくなったとしたら我が家にとっては地獄だから、それを見越して、コロナ騒動の前に神様が息子を天国へと呼び寄せておいてくれたかなと思う。

 今日はまた、息子のことで久しぶりに盛大に涙した。息子の闘病を知った猫友のおひとりが、生前にお守りなどを買って送ってくれていたが、息子の死を知らせるハガキがなかなか書けないままだった。2回目の月命日も過ぎ、もういい加減にお知らせしないと・・・と思っていたのだが、ネットショップでオーダーしていたお礼の品物、ナンバーシュガーのキャラメルが今日届き、ようやく書き始めることができたのだ。

 以前、セカンドオピニオン的に相談に乗ってもらっていた獣医さんにも、なかなかご報告の電話はできなかった。すぐでは電話口で泣いてしまいそうだったから。それで日を置いてからハガキを書いたが、それでも涙涙で大変な思いをした。それから1か月が経過、今日はそろそろ落ち着いて書けるかと思ったのだが・・・いやー、やっぱりね、我々の「クロスケ病」が重いだけあって、そうは問屋が卸さなかった。

 猫友さんに報告したのは、立春の朝に、私の腕枕で冷たくなっていたこと。前夜の節分で、恵方巻を食べる我々を、座布団に寝転んでじっと見ていたこと。ちょうど私から見て「恵方」にクロスケはいたから、私もクロスケを見つめて無言でモグモグする形になり、向こうもそっくりかえった変な体勢で、じーっと見てたなあ・・・鉄火巻きのにおいが気になったかとその時は思っていたが。

 毎年毎年クロスケの長生きを祈りつつ食す恵方巻。夫婦ともども東京出身なので、恵方巻を知って食べ始めた時には、既にクロスケは一緒にいたと思う。以来、恒例の願いはずっと「クロスケの長生き」だったわけだが、今年は私も夫も、初めてそれを祈らなかった。代わりに「クロスケが苦しまずに生を全うできますように」と祈っていた。打ち合わせをしたわけではなく、クロスケが死んだ後で知った。

 「クロスケはじっとこちらを見ながら、それを理解したのかもしれません。旅立っていったのは、それから数時間後だったと思います」・・・こんなことをハガキに書いていたら、涙は止まらなくなる。

 書き終わったハガキを夫も読んで、ふたりでドーンと落ち込んだ。会いたいね、猫ならいいってもんじゃない、クロスケに会いたいね、もうずっと会えてないからどんどんつらくなるね。毎度の同じ話を繰り返し、泣いた。

 パーッと泣いて、自分用にも買ったキャラメルを食べた。ラムレーズン、おいしいな・・・生きてるからこそ味わえる。それにしても、息子がいたら、あっという間にキャラメルは「カクニン」の餌食になってホッケーのパックのように叩かれ床の上で小突き回されてたろうな。想像して、可笑しくなった。