黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

毎日、息子にどっぷり

 最近、地震が多い。5月11日に震災が来るなんて何かで読んでしまった記憶があったから、今日もテレビで地震が来るとアラームが鳴った時、反射的にお供えの花を棚から降ろしてクロスケの骨壺を抱き、座って揺れに備えた。でも、今日は震度2ぐらいだったかな?

 骨壺を抱いたとき、思いがけずクロスケを抱いている感覚がよみがえったような気がして、ハッとした。いやいや、全然毛皮とか纏わせてるわけじゃないんだけれども、なんだこれ…! また抱っこするように抱きなおしたら、愛する猫型息子が腕の中にいるような気が、やっぱりした。

 これをパソコンで書いている今も、膝に乗っているような。ちょうど録画しておいたNHKのネコメンタリーを見たら、作家の村山由香さんがものすごいスピードでキーボードを叩きながら愛猫もみじ(もみちゃん)を膝で寝かせていた。その姿を見たことも影響しているんだろうか。

 そう、息子クロスケもいつも膝に乗りたいとおねだりして、私の左腕に頭を乗せる方向で寝てたんですよね…必ずその方向で、逆向きにしてものそのそ左頭に戻ってしまう。もみちゃんもそうだったのかな。

 この週末で、畳んだまま長らく出しっぱなしだった息子のケージを納戸の奥にしまい、周辺の床に残っていたごはんカスとシミを大体は掃除した。けれど、まだまだどこかに残っていそうな気がする。「クロスケ御殿」と呼んでいただけあって、この部屋にはいくらでも息子の痕跡が残っていて、姿も浮かぶ。それは消しようもない。

 カビやダニの素だから、ごはんカスは掃除しなければならないけれど、見つけても、なかなかきれいにする気が起きなかった。心は未練タラタラ。体調もパッとしない。掃除もすぐに疲れた。

 夫も体調がパッとしないらしい。「具合が悪くたって仕方ないよ、だって愛する息子が死んじゃったんだもん」と言う。夫はカラ元気でオンライン講義を盛り上げているが、プツっと切れないか心配だ。

 コロナ禍の中で、各方面に頑張っている人たちがいるのに贅沢なんだけれど、2月に息子に死なれて以来、その後もずーっと家にいて痕跡に囲まれていることで、息子の喪失から目をそらす暇がない。むしろこのままどっぷり息子ワールドに浸っていたい気もするが、社会人としての責任も果たさなきゃ…それが活動に戻れない。

 明後日で百箇日とか。本来は区切りの日なんだね。コロナを言い訳に、もう少し息子とともにいる。