黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

百か日

 昨日は湿気が多くて洗濯物がすっきりと乾かなかったが、今日はそうでもなさそう⇒だったら、ちょっと衣類の整理をしようかな⇒ちょっと用事を済ませる間、衣装ケースの引き出しを出しておこうか⇒いや、そんなことをしたらニャンコがいつものように喜んで飛び込み、ぐちゃぐちゃになるからやめよう…までを一瞬で考えて、肝心の猫の不在に気付いた。

 今日は2月4日に死んだクロスケの百か日だから、特別に好きだったごはんをお供えした。その、カップにごはんを盛り付けている間にも、私の足元を「ごはんーごはんー」と待ちきれない様子で歩き回っている姿が目に浮かんだ。かわいい黒目をキラキラにして見上げているんだよね。

 ペット霊園からもらったメモの最後に書いてあったのが、今日の百か日。引き戸を10センチ開けておかないと落ち着かなかった(クロスケが通れないから)点は、ようやく脱却できてきたかもしれないが、区切り、なかなか付きませんね… こうなったら、思い出を書いていこうかな。忘れていることもあやふやなことも18年7か月の間には既にたーくさんあるから、後から訂正を入れる前提で、ざっと書いてみようと思う。

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 クロスケが我が家に来たのは、2001年7月下旬、確か26日だったように思う。夫の生徒が横浜の道路脇で赤ちゃん猫を幸い見つけて、いったんは自宅で保護したんだけれども、ロシアンブルーだったかの先住猫と折り合いが悪く、引き取り先を探していたので夫が手を挙げたのだそうだ。

 家に来た時のクロスケときたら、まー、とにかく真っ黒、肉球も耳も全身くまなく真っ黒でベロだけがピンク。片手の掌に軽々入るくらい小さくて、ピンとしたしっぽは私の小指ほどのサイズだった。電車で連れてこられる間、大人サイズのキャリーの中で、あっちこっちに揺られてたらしい。おどおど、神経質に見えて、かわいそうだった。

 見ると、おなかがパンパンに膨れていた。それも、触ってみると骨格からしてこれまで飼った猫たちよりも明らかに膨らんでいる形状になっているようだった。連れてきた生徒によると、数日お通じがないと。あわてて、バターを舐めさせてみたらどんどん食いついて舐め、その後、めでたくお通じがあったのはよかったのだが吐いてしまい、獣医に「バターあげすぎ」と夫が怒られることになった。

 「変なのを連れてきちゃったかな」と当時、夫は言ったのだが、本人は全然覚えてないらしく、後にクロスケ命になってからは「そんなことない」といつも否定することになった。私は初日の夫の言葉を聞いて「何を言っているんだ、うちの子になるのに」と内心ムッとした覚えがしっかりあるので確かなんだけれど。

 私は実家での経験もあり猫が大好きだったけれど、夫はそれまで飼ったこともない。友人宅で子猫が布団に潜り込んできただけでビビって眠れなかったこともあったほど猫慣れしていなかったので、ある意味仕方なかったんだと思う。

 その頃の私は、手術を控えて自宅療養中。だから、猫慣れしていない夫が、獣医さんにクロスケを連れていくことになった。全身チェックが必要だし、予防注射もできたらしなくちゃね、ということだったのだが…。

 猫白血病ウイルスが陽性と出て、多くは1年も生きられないと告げられた。

 そんな、せっかく迎えたのに…と、まだ赤ちゃんの小さいクロスケを抱えて愕然としたね。

 思えば、たくさんの獣医さんのお世話になった人生(猫生)だったよね、それだけ頑張って18年以上、人間だったら90オーバーの天寿まで生き切ってくれた。感謝しかない。(続く)