黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

「おちょやん」謝罪が引き出すカタルシス

 今回も敬称略で失礼します。NHK朝ドラの「おちょやん」が終わった。取ってつけたような格好つけで無理やりな終わり方ではなくて、本当に良い終わり方だった。「今ある人生、それがすべて」「生きるっちゅうのはホンマにしんどうて、おもろいな」と、朝ドラとしては「純と愛」には負けるけど、とてもしんどいヒロイン人生を歩んできた主人公・千代が最後の劇中劇で言うセリフ。亡き父母弟のテルヲ・サエ・ヨシヲの幻3人組を含む総出演のキャストだけじゃなく、そうだよねそうだよねと、視聴者も涙とともに最終回を見届けたと思う。

 物語の中で秀逸だったのは、何と言っても、継母・栗子が千代に花籠を贈り続けた「紫のバラの人」だったこと。これには堪らなかったな… 栗子が産んだ亡き妹・さくらの子、春子を守り育てる気持ちにも千代がなろうというもの。血のつながり云々ではない気持ちになると思う。栗子が大事に思う春子なんだもんね。

 この花籠エピソードは、さすが「半沢直樹」と同じ脚本家・八津弘幸だけあって、倍返し的なカタルシスがあった感がある。

 ヒロインが最初に家族を失うきっかけになったのが栗子だった。その栗子が…。陰ながら応援し続けていた証と言うべき花籠はもちろんそうなんだけれど、私はカタルシスのポイントは、栗子がまず、心からの謝罪をきっちり千代に対して表明していたことがあるんだと思う。

 その場で受け入れられなかったとしても、謝罪があるのとないのとでは大違い。ボディブローのように効いてくるはずで、マイナスをようやっとゼロに持ってこられるのかどうなのかは謝罪にかかっている。謝罪抜きでプラス要素の花籠を送っていた主が自分だったと栗子が明かしたとしても、何かモヤモヤが残り、視聴者の涙腺が決壊するまでの涙の和解までには至らなかったんじゃないか。花籠で気持ちはわかるだろうとか、何となく流しがちなところだが、うやむやは感動の敵なんだと思う。

 正直に言うと、「半沢直樹」については、話題になった香川照之の土下座についても、マウンティングゲームの一環の「無理やり頭を下げさせてやったぜ!」という勝利の凱歌にしか見えなくて、なんだかなあ、そんなに熱狂することかと思っていた。でも、今回の栗子の謝罪は毛色が違い、心から自然に頭を下げたものだったと見えた。

 灯子と一平もそうだ。まず、灯子は最初からまっすぐ頭を下げていた人として描かれていた。一平は、照れとか変なプライドとか言い訳が頭に渦巻いている感じがあったのがまたうまいなと思ったが、結局、灯子につられてという感も無きにしも非ずとはいえ、会いに来た千代に、心の中にあった後ろめたい気持ちを吐露し、頭を下げることができた。

 あれが灯子抜きの2人きりで会ってたらどうだったろう。一平は逆切れと言うか、悪態をついて終わったかもしれない。そうだとしたら、終幕であんなに晴れ晴れと「ほんまもんの喜劇を作っていく」との前向きな言葉を発することができただろうか。千代に謝罪することで、切り替えられたのは明らかだった。

 千代は、そういう心の底からの謝罪をストレートに表明されたからこそ、許しがたいことも受け入れて「だんない」と言えて、現実の人生を「これがすべて」と受け止めることができたんではないかと思う。波風立てず、何となくの有耶無耶では、皆が笑顔になることはできなかったと思う。

 離れて行った人と和解したいなら、やっぱり謝り上手にならなきゃね。

最悪の仇役は美形のふたり

 勝手なことを書いているが、私は途中で見るのを止めた時期があり、4月半ばくらいから復活した。いつも毒父テルヲが出てくるだけで気分が悪くなって横目で見るような状態だったのだけれど(別にトータス松本に罪はない)、特にほっしゃんと板尾創路がメインに回るパートは見たくなかった。板尾の性犯罪歴がちらついてしまって。

 念のためにさっきググってみたら、この俳優さん、反省してないみたい。最近も似たような不祥事を起こしていたんだね…吉本所属でよかったこと。こちらには良くないか。興ざめで、物語が入ってこなくて見てられなかったんですよ。

 ほっしゃんについては、スミマセン、演技は素晴らしいのだけれど、テルヲでお腹いっぱいのところ、ヒロインに絡んでくる面倒くさいおじさんの役回りがちょっともう消化不良で。ビジュアル的にも個人的にはアップの場面、引きでお願いしたかった。

 最近、ドラマにしろ報道(!)にしろスポーツにしろ、見るに耐えない人物アップの場面で「だめだわー、なんでこんなに寄ってアップにするの?こんなところまで見せないで」とか「顔の表情はどうでもいい、全体を見せて!」と、ひとりで怒ってる私を見て家族がよく笑っているけれど、やっぱりドラマで見る「美しい」俳優陣のアップは許せるというか…本能なんですかね、不思議ですよね。

 「おちょやん」の視聴を再開したのは、灯子が一平の子を宿してしまって千代が道頓堀を離れるあたりなんだけれども、そう、灯子役の小西はるは小西真奈美の娘かと思うような、それでいて凛とした芯を感じさせる美人さんで、一平役の成田凌は、さすがモデル出身の売れっ子俳優。まさに美男美女。だからこそ、ヒロインに人生最大最悪の痛打を与える悪役を演じていても「見てられない」とはならなかったんだろう。

 考えてみると、悪役敵役仇役って美人女優や二枚目俳優が演じるのが定番のような気がする。成田凌が今回は実生活でも「ひどい旦那だ」と周囲からいじられて「NHKさん、責任取って」と何かの番組でおどけて言ったらしいけれど、テレビ上のフィクションが実生活に滲ませる影響力を考えると、「ヒロインに対する敵役を演じる美しくない俳優陣」へのインパクトが目も当てられないことになりそう、つまりは「きっと本人の性格も悪いに違いない」と信じられてしまいそうで、自ずから悪影響を抑えられそうな美形俳優の方々が悪役には選ばれているのかも、と思うのだ。

 伊藤かずえなんて、性格も天使みたいだしあの美貌。だからこそ、ずっと悪役続きだったのかもしれない。

 きっと、小西はるも成田凌も、大河ドラマあたりで悪役イメージ払しょくのチャンスはすぐにもらえそう。そうでなければ、嫌だよね。

 とはいえ、二代目天海天海や灯子のモデルとなった2人を両親に持つ、三代目渋谷天外(撮影所の警備員役でしたよね)が出演していたり、事務所が資料提供をしていたり、天外本人が「親父を悪く描くなよ」とNHKに言ったとか言わないとか。そんなこともあったのかなかったのか、本当のヒロインの元夫は一平なんかよりももっともっと酷い夫だったらしいけれど、そのままなぞってしまったら「純と愛」を超える惨事になっただろう。朝ドラは適度に美しくしてもらった方がいい。

#おちょやん

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