黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

扁平上皮癌になった愛猫を、天にお返しした⑥

息子が急にけいれん、家族はパニック

 2019年10月20日の夜、1週間後に市の音楽祭の舞台を控えていたので、家族に息子クロスケを任せて私はコーラスの練習に外出していた。

 その日、主に練習していたのは日本の作曲家の手によるレクイエム(鎮魂歌)。「息子が闘病している時に縁起でもない、できれば歌いたくない」気分だった。モーツァルトが死の間際に作曲を依頼され、死を引き寄せたようにも言われたのがレクイエムだったから、それは困る!うちは治るんだから!と内心思っていた。

 癌は取り切れていなかった。だけれど「紅豆杉」が治してくれる、治さないまでも、少なくともネットで見た扁平上皮癌になった猫の顔面が癌で浸食され崩される惨状ではなくて、せめて息子が苦しくないような良い形に収めてくれるのが紅豆杉だと、信じたかった。

 10月15日に、口元にうっすら「白い丸」が見つかっていたんだけれどもね…。

 コーラス練習中の20日午後7時20分頃だったか。家族からスマホに連絡がきた。涙声で「クロスケが死んじゃう、死んじゃうよ」と繰り返し言っていた。努めて冷静に、廊下に出て詳細を聞こうとしたが、とにかく家族は興奮していて息子が激しくけいれんしていることしかわからなかった。

 タクシーを呼んで、夜間救急で以前お世話になったところに急げと言ったら、タクシーの呼び方がわからない(!)と言う。完全にパニック。こちらでタクシーは手配する、私も行くからね、とにかく頑張ってクロスケを連れて行ってほしいと頼んだ。

 後から聞くと、私が顔面蒼白で急に廊下に出て行ったので、ああ、クロスケちゃんに何かあったのかな…と、練習に出ていたメンバーの何人かは思ったのだそうだ。息子が闘病中だということは、コーラスの場でその方たちに伝えてあったから、息を飲む思いで私を見送りつつ、歌っていたそうだ。

 レクイエムの続く中、挨拶もそこそこに練習を辞した。タクシー1台を自宅に手配してから表の通りに出たところ、ちょうどラグビーワールドカップの日本戦が中継中で街は大騒ぎになっていた。パブリックビューイング画面に釘付けになっている人だかりの傍らを通り抜け、ようやくこちらもタクシーを捕まえ、少し距離のある動物救急センターに向かってもらった。

 日本の対戦相手はどこだったか、全然覚えていない。運転手がラグビーの試合画面をちらちら見ながら運転していたのは、はっきり覚えている。

 救急センターに着くと、息子クロスケは既に診てもらってケージに入れられていた。落ち着いている息子の顔に心底ホッとした。心臓がキュウと痛かった。何でも、迎えのタクシーに乗る頃にはけいれんも止まっていたそうだ。

 ナンでそれを教えてくれなかったのか、こちらは今まで生きた心地もしなかったのに…!と言ってしまったが、家族はあれだけパニックで、抱えた息子しか眼中になかったのだから、私を思い出さなくても仕方なかった。

 息子は朝まで入院することになった。夜間専門のセンターなので翌21日の朝6時までに迎えに来てくれというので、あまり眠らずに迎えに行くことになった。背に腹は代えられないので、帰宅もタクシー、翌朝の迎えもタクシー。

 車を手放していたので、息子の通院にはタクシーを頼るしかない。この頃は、予約の電話をすると「いつもありがとうございます」とオペレーターにお礼を言われるようになっていた。

 21日は夜9時20分と、そして4時間後の22日1時20分にも息子はけいれんを起こした。理由は分かっていなかった。とにかく息子が舌を嚙まないように、周りに頭などぶつけないように、インストラクション通りにタオルで大暴れする息子をくるんで抱え、じっと発作が通り過ぎるのを待った。息子がかわいそうでかわいそうで仕方なかった。

 22日は、今上天皇の即位礼の日で、祝日だった。私は音楽祭前の最後のコーラス練習が抜けられず、たぶん家族が息子を病院に連れて行ったのだと思うが、その日から、イーケプラという抗けいれん薬も、息子の飲み薬に加わった。

 息子の体重はその22日で3・1kg。その後4日間はけいれん発作もなく、ポタージュごはんもよく食べ、お通じもありで幸い落ち着いていたので、26日は発作などで色々と汚れた息子をお風呂に入れた。息子はニャーと一応怒りながらも気持ちよさそうだったが、体を拭いているときに、肩回りが前よりも骨ばったような気がした。

 27日は私の音楽祭の本番。その日と28日、息子は朝少し吐いたが、これは私が外出したことで、気になった息子が水をあまり飲まず便秘気味になったからかもしれない。

 カレンダーに書き込んだ記録を見ると、29日の体重は3・08㎏で、前週とあまり変わらない。けいれん発作は22日以降は見られないので、イーケプラも日に3回から2回へ減った。甲状腺機能亢進症の薬メルカゾールは1・5錠のままキープ、息子がずっと飲んでいる鎮痛剤メタカムとウルソはごはんに混ぜて与え、貧血改善のためのペットチニックが復活、こちらもごはんに5滴たらして日に2回与えることになった。

 ごはんは薬だらけだ。

 このまま穏やかに行って欲しかったが…この29日、息子の口元にある「白く丸になっている部分」を確認して、S先生は「再発です」と言った。レクイエムが頭の中でぐるぐる回った。

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