黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

記念日反応

 2001年6月にうちの猫型息子は生まれた。日付は、はっきりはわからない。生きていたら、今年は20歳を迎えていたんだな・・・人間だったら超おじいちゃん。その死は、寿命を全う、大往生と形容されるお年頃だ。

 同じ年の6月8日、ある大きな事件が起き、知人の娘さんが死んだ。まだ7歳だった。

 「記念日反応」という言葉。知っている人は、最近多いかもしれない。記念日というと、結婚記念日とか良いイベントが起きた日を私はどうしても連想して座りが悪い気がしてしまうのだけれども、そうとも限らないのだと知ったのは、被害者支援を学んでからだった。

 ご遺族にとっては人生で最悪の、例えば子供が被害に遭って亡くなった日=ご命日が近づくと、個人差があるが、落ち着かない、やるせない気持ちが溢れてきてどうしようもなくなってしまったりする場合がある。それまで何とか日々を送れるように落ち着いていたのにもかかわらず、だ。そのご命日が「記念日反応」の記念日にあたる。

 予想のできる、病気という形で猫型の息子を死なせた私も、月命日の前後は毎月涙もろくなっている。頑張らないと、ボーっとしてしまう。これが突然の不慮の事故とか、通り魔的な事件に偶然巻き込まれて・・・となると、予想もできなかったことが起きてしまった結果なので、到底ご遺族も納得などできないし、悲嘆も深く、記念日反応に悩まされる方々も多い印象がある。

 6月8日は、そんな日だ。多くのご遺族が長年苦しんできた日だろうと思う。

 20年前は、大阪教育大付属池田小事件が起きて、8人の小学生が犠牲になった。切りつけられて傷を負った子も、怪我は追わずに逃げた子も、どちらも心には大きな傷を抱えて20年間を生きてきたのだろうと思う。既に20代の後半にもなっている、その人たちにとっても、記念日反応が起きる日なのではないだろうか。

 きっと彼らの周囲の人たちにとっても、そうだろう。被害者が1人出ると、周りには同心円状に影響を及ぼすものだ。「被害者はひとりではない」と言われる所以だ。

 池田小事件については、報道で事件を知った人間であったとしても、あの事件のショックは簡単に思い出せる。今も被害に遭った子たちの、あったはずの人生を想い、涙も出る。程度の差はあれ、日本の社会で多くの人たちが心に何らかの傷を負った日なのかもしれない。

 そして・・・あろうことか、その社会の負った傷をあえて広げて塩を塗り込むようなことをした人間もいた。池田小事件の犯人・Tに憧れて、7年後の2008年、同じ6月8日に秋葉原で事件を起こしたK。

 この日は、本当に悲しい日になった。この日が近づくと、また何か起きそうで怖い。記念日の罠に、まんまとやられている。