黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

扁平上皮癌になった愛猫を、天にお返しした⑪

息子が落としたガーベラの花

 オリンピックの東京2020大会が始まった。今年はもちろん2021年、周知のとおり、コロナ禍がなければ、本来ならこの大会は昨2020年に行われていたはずだった。

 息子と一緒に大会観戦をしようと、その前年に買い替えたテレビ。テレビ前にあるソファに今、息子は寝転がっているだろうか。夏だから、びろーんと全身思い切り伸び切って。

 いや、ソファじゃないな、床ですよ床。風の一番通る涼しい床に、お腹を見せて広がって寝ていると思う。

 こうやって書いている今も、姿が見えなくなった息子は一緒にいるはず。台風の風が吹き抜けた窓から外を見上げ、天を眺めていると信じたい。

 ちょっと先走るが、息子の火葬を済ませ、しばらく経った頃のこと。魂は一緒にいるんじゃないかと思い、おーい、と息子に呼び掛けてみたことがある。

 高校時代のクラスメートに霊感の強い人がいて「昔の飼い猫とか、普通に家の中を歩いているよ」と言うので、目を丸くしたことがあった。彼は家族みなが霊感が強いので、そんなものだと思っていたらしい。

 私は霊感など何もない。だけれどその話を思い出し、洗い物をしながら、リビングやベランダへと見通せるキッチンの小窓から、誰もいない(はずの)リビングに向かってこう言ってみた。

 「クロスケ、いるんでしょ? 何か、何でもいいから落としてみて。そしたらママもわかるから。やってみて」

 すぐには何も動かなかったので、そんなバカなお願いをしてもね・・・と思ったところ、しばらくしてガサッと変な音がした。

 見ると花瓶にあった花の中の紫のガーベラが1輪、不自然に花の根元から落ち、茎と葉が残っていた。花瓶は、息子のお骨を置いた棚の前にある、コーヒーテーブル上に置いてあった。

 そんな風に落ちたガーベラは、見たことが無かった。他の花は何ともないし、高さから言っても、クロスケがコーヒーテーブルに上って一心に鼻で小突いて落としたとしたら届く。花の中央も、不自然にばらけていた。

 人為的というか猫為的? それを見て、涙が噴き出た。

 「わかった、わかったよクロスケ。本当にいるんだね、ママ信じてるよ」ともう1度、リビングに向かって言った。声が響いた。

 今思えば、ちゃんと写真に撮っておけばよかった。秘密にしなければならないとでも思ったのか、何を考えたか、私は慌てて片付けてしまったのだった。なんでだ。

 これを書いている今日は7/27、ちょうど2年前の7月、息子は扁平上皮癌の発症が確認された。この日は、手術前の入院が始まっていた。手術できるかできないか、貧血の状況をにらんで人生で一番やきもきしたかもしれない微妙な時期だった。(1年前の7月、愛猫に扁平上皮癌が見つかった⑤ - 黒猫の額:ペットロス日記 (nekonohitai.tokyo)

 思い出すと、やりきれない。人生でまさに最悪の選択をしてしまった頃だと思うと。取り返しがつかない結果として、もう息子は天に帰り、いるとしても床で伸び切っている姿は見えず、抱っこもできなくなってしまった。

 この思考に陥ると、なかなか這い上がってこられない。

2020年1月を奇跡的に迎えた

 さて、前回⑩からの続きだ。手術から5か月が経ち、無理かもしれないと思った2020年への年越しを、息子は果たした。奇跡的だった。

 元旦には、朝4時からお通じもあり、ごはんもちゃんと5回食べている。お風呂マークがカレンダーに書いてあるので、新年でもあり、息子をお風呂に入れて、さっぱりさせたようだ。

 息子がまあまあ落ち着いていたからだと思うが、三が日に私はひとりで短時間外出し、その帰りに思いついて駅近くの神社に寄った。

 初詣というか、せっかく近くまで来たので息子のことをお願いしたかった。ところが、多過ぎる人が列を作って遠くまで並んでいたので、あきらめて境内を通り過ぎて帰ろうとした。

 その時、貼り出してあった年回りの表が目に入り、立ち止まって見て、気づいた。私も家族もクロスケも、3人ともが2019年は「八方塞の年」だったのだ。

 えええええ・・・今更気づいても。毎年のお札はいただいてお祀りするけれど、そこまで熱心でもなく、気づいていなかった。だから、八方除けのお祓いはしなかった。しまった、それでクロスケが家族の3人分を一身に背負ってしまったのかな・・・そう思って愕然とした。

 でも、もう八方塞の2019年は明けた。節分で年が切り替わるとしても、残るところあとひと月。「クロスケ、あと1か月頑張れば悪い年は終わるよ、頑張ろうね」と、帰って息子に話した。

息子が吐血➡点滴でV字回復

 2020年1月10日には、久しぶりにホメオパシー獣医を受診して、注射を打ってもらっている。内容は、何だったか・・・確か、癌が小さくできたらいいのに、と言ったらそれを打ってくれたように思う。ホメオパシーの薬は、説明が難しいしわからない。

 こちらに伺うには距離もあるので、息子をそこまで連れ出して受診できたということは、曲がりなりにも体調もそれなりに持っていたはず。体力を奪うので吐かせないように、便秘をさせないように気をつけて、毎日を過ごしていた。

 この頃、私は自分の布団をリビングに敷いて、夜はそこで寝るようになった。すると、顔を拭いたり薬を飲ませたりする私のことをどちらかというと避け気味だった息子なのに、私の腕枕で寝てくれるようになったのだった。

 これはうれしかった。人生初。「こんなに幸せなことがあるか」と手帳にはメモがある。

 このメモを書いた14日は、クロスケは4回もお通じがあり、うち2回は下痢気味だった。これには訳がある。2日前、便秘解消のために処方されていたモニラックシロップを、家族が間違えていっぺんに2cc与えてしまったのだった。多すぎる。

 青くなって、日曜日だったのでネットで相談できる獣医を探して聞いた。「Just Answer」というサイトで、「頻回少量の水分補給を」とのアドバイスだった。すぐには大事には至らなかったように見えたが、そのシロップの影響が、2日後の14日に出たらしかった。

 余計に体力を消耗させてしまったのではないかと、とても心配だった。

 関連は不明だが、15日朝、息子は大量に吐血した。鮮やかな赤い血で、口腔内の癌からの血なのか、それとも胃から吐いたものなのかわからなかった。すぐに出血は止まったようで、息子はいつもの澄ました顔を普通にしている。

 それでもこちらは「とうとう来る時が来たのか」と緊張した。この15日は昔実家で飼っていた猫の命日。その子は、私の腕の中で死んだのだった。それを思い出し「クロスケ、一緒に乗り越えよう!もうすぐ節分、八方塞も終わるよ」と言ったが、息子はポカンとしていた。

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2020/1/15 落ち着いて寝ているクロスケ

 心配だったので、翌16日は往診専門の獣医さんにお願いし、来ていただいた。

 前年夏の手術後、息子が退院したころに、抗生剤アモキクリアと下痢のバランスで苦労して、注射で2週間効く抗生剤コンべニアを打ちに来てもらっていた獣医さんだ。息子の在宅医療では、ゆくゆくはお世話になるだろうなとは考えていた。

 口の中をチェックしてもらったが、口内に出血点は見当たらないという。出血の仕方から、胃潰瘍ではないかと。鎮痛剤として飲ませているステロイドが関連するかもしれないと聞いて、使い過ぎたのかと心配になった。

 こちらの往診の獣医には、胃薬のガスター、吐き気止めのプリンペランとセレニア、抗生剤のビクタスの飲み薬を処方してもらった。また、息子は点滴もしてもらったのだが、ガスター注、プリンペラン注、セレニア注のほかに、抗生剤のエンロフロキサシン注、そして止血剤のアドナ注も入っていた。

 その時に、「お父さんお母さんがする方が、本人(猫)は気が楽にできて良いんですよ」と言われたものの、「素人がいきなり点滴なんかできるわけないよね」と内心では思っていた。

 息子は、元気を取り戻した。1月18日には「クロスケ、すごい食欲!!」とアンダーライン付きでメモが書いてある。薬が効き、まさにV字回復だった。

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食事中のクロスケ。口元に白く癌が見えるが、ここまで抑えられていた(2020/1/15)