黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

きょうは月命日、ブロガーさんにも合掌

息子の重みはどこへ

 今日は、亡き息子の月命日。数えてみると、20回目だ。

 もう、そんなに経っていたのか・・・今でも私は、そしてどうやら家族も、息子とまだまだ一緒にいる気でいる。

 毎晩、以前いつもそうだったように、寝る時には息子に「寝るよー」と声をかけている。息子は専用のステップを駆け上がり、ロフトの上で私と寝たものだ。

 息子は、私の掛布団の上の足元というか、私の膝を枕にして寝ることが多かった。そうやって18年の間に、私はいつしか左膝が痛くなった。

 その後、膝にけがをした時に思わぬ重症になってしまったのも、もしかしたら、毎晩の重みの積み重なりが影響したのかもしれない。

 あんなに小さい猫の頭が載るだけなのに、大したインパクトだ。

 寒い時期は、息子は両足に挟まれるようにして寝たがるので、こちらは自由には寝返りもできなかった。

 だから、息子を起こさないように、そーっと足を抜いて姿勢を変えるようにしていた。それでも息子は、目が覚めてしまうのがほとんどだった。夜中にトイレに立つときは、寝ぼけ眼の息子に「そのまま、そのまま。すぐ帰ってくるから」と後をついてこないように言い聞かせた。

 お年寄りニャンコになっていくにつれ、布団にそのまま寝て待っていることが多くなったが、ドアを開けるときちんと座ってこちらを見上げニャーとひと声、迎えに来てしまっていることもあった。

 そうすると、息子を抱きかかえてまた布団に戻る。息子は早く横になって定位置になれ、急げと催促するので、息子のベッドとなるべく慌てていつもの姿勢を取ると、息子はノシノシと布団に乗ってきて眠るのだった。

 今でも、私は寝る時にその姿勢になっていることが多い。息子のスペースを自然に空けてしまう。

 その格好になってから、いつもの通り「いいよー、おいで」と言う。そうすると、膝の周りにフワッと乗ってくるような、息子の重みを感じるような気がしていた。

 もちろん、布団の重みをそう感じているだけかな?とも思っていた。本当に息子が帰ってきているのだとしたら、うれしくてたまらないけれど、現実には息子の姿はもうない。

 しかし・・・最近、布団に重みを感じないのだ。フワッと乗ってくる感じがしないのだ。今日も、何か遠い感じがしてしまうのはなぜなんだろう。

 先日の彼岸会で、息子のあちらでの幸せを祈った。よくわからないけれど、お坊様たちも息子の成仏を祈っているのだろうし、だとするとそうそう私の膝に来て眠ることなんか、もう無いのかもしれない。

 息子の幸せはうれしいような、けれどやっぱり寂しいような。結論として、早くあちらに呼んでくれないかなと思うのだった。

あるブロガーさんの死

 でも、息子が天使だとすると、その地位に見合うような、息子に会えるような行いをして死を迎えないと、せっかくあの世に行っても息子は立場があまりにも上で、会えないかもしれないと心配にもなっている。

 つまり、修行が足りないのではないかとの漠然とした不安だ。こんな未熟を絵に描いたような人間だから、息子に恥ずかしくないように、しばらくは頑張って生きないといけないような気がしている。

 ただ、自分よりも若くに命を落とす方を見てしまうと、軽々しい気持ちではなく、代わってあげたかったとやっぱり思ってしまう。

 先日、ずっと拝読していたブログを書いていた、45歳の女性が亡くなってしまった。まだ小学生低学年のお子さんもいる。

 ご自身の病気の記録のため、そのブログを始められたそうだが、病気のことをまっすぐに書いているにもかかわらず、その文章は温かく、爽やかで、清らかささえ感じるものだった。

 だんなさんのこと、お子さん方のことを本当に愛しているし、周りに感謝していることが伝わってくる。亡くなってからだんなさんの手によって掲載されたラストメッセージには、「寿命を生き切った」ことが記されていた。

 お子さんたちのことは、だんなさんに任せて。そのだんなさんを信じている、息子さんたちのことも信じているからそういう心境に至ったのかもしれない。

 そう達観されている文章を拝読して、本当に本当に余計なことだとは思いながらも、お子さんたちの将来をそばで一緒に見守ってほしかった、できれば代わってあげたかったと思ってしまった。まだ45歳だもの。

 もちろん、願ってもそんなことが実現できる力は私にはない。

 45歳以降の自分を振り返ってみると、体調も徐々に回復してきて頼まれて本を書かせていただいたり、まったく及ばない、不十分ながらもボランティア活動もさせていただいた。

 息子もかわいい盛り、元気な息子と旅もした。たくさんの幸せを息子にもらいながらの生活は「幸せの絶頂だね」と家族で話をしていた時期だった。

 でも、それも息子がいてこそ。息子を見送ってからの1年半の生活は、家族とカラ元気を精一杯連発しあって生きている感じが否めない。

 きっと、あのブロガーさんも幸せな瞬間がこれでもかと訪れる時期に入っていたんじゃないか。45歳はもったいなさすぎる。あんなにも素敵なママなのに、お子さんたちも悲しくないわけがないと、勝手ながら想像する。

 「生き残った者には、やらねばならない勤めがある」と、NHK大河ドラマ「青天を衝け」で、主人公・渋沢栄一が、早世した従兄・尾高長七郎に夢の中で言われていた。

 そう、きっちりやり遂げなければならない、やりかけのことは私にも確かにあるんだけれど・・・世の中、うまくいかないものだ。

 ブロガーさんに合掌したい。