黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

変化しかなかった10年間

はてなブログ10周年特別お題
10年で変わったこと・変わらなかったこと

 はてブロの10周年企画に乗っかって書いてみるのも面白そう。10年を振り返ってみると、まず2011年の東日本大震災をきっかけに引っ越したことが大きな変化だった。家族との死別もあり、長くチャレンジしていた活動の挫折もあった。

 心境の変化もあり、この10年で変わらなかったことを見つけるのはちょっと難しいくらいに感じている。

仕方なかった引っ越し

 震災は、都内に住んでいても大きな変化をもたらした。自宅はまだ5年ぐらい前に大々的なリノベーションを施して住み始めた「猫御殿」マンションだったが、その自宅を出ることになってしまった。

 実は、外側の建物は前回の東京五輪の頃に建てられた代物だったので、いくら内部をきれいに設えようが、震災で大いにボロが出たのだった。

 建物出入口上の外壁タイルは剥がれ落ちた。その他も、あちこちのヒビ。それまで見ないようにしていたかもしれない耐震性にも、大きな不安を持つようになった住人が多かった。かなり揺れたことで、命の危険を感じたからだ。

 自宅も、キッチン床の大理石タイルが棚から降り注ぐ食器類で傷だらけになったし、当然食器も粉々になった。それは先日書いた通りだ。

nekonohitai.tokyo

 最新の免震タワーマンションに住む友人に聞いたら、あれだけ私が恐怖を感じていた間に「ちょっと揺れたかなぐらいだった」と言っていた。やっぱりこの建物は、「当時にしたら、かなり頑丈にできてますよ。不動産会社の社長が住んでいたぐらい安心な建物で」と不動産屋さんがいくらアピールしていたとしても、古いものは古い、それなりの性能なんだと思い知った。

 そんな住人の浮足立つような不安を見越して、近隣のマンション3つを合わせて1つの大きなマンションに建て替える話がデベロッパーから持ち込まれた。

 建て替え話はあっという間に進み、そこがペット不可になると聞いて、愛する猫のために否応なく他に引っ越すことが決まったのだった。

 たった5年前に大金をはたき、猫ステップを設けるなど自分たちの望むとおりにスケルトンリフォームをして、古いけれど味のある、猫も楽しい住処に住み始めたばかりのつもりだったから、本音では未練タラタラ。業者とのやりとりは不信感で一杯、初めて自分たちのために弁護士にも相談した。

 「業者も仕事なんだから」と平静になろうと努めたが、仕方ないこととはいえ不愉快な経験もした。

 気に入った自宅が取り壊されるにあたり、建物からはできるだけ移動できる建具を新居に持ち込み、また同じような無垢材と漆喰を使ってのリノベーション工事を同じ施工業者にしてもらって、2012年3月末に引っ越したのだった。

 少し広くなり、猫型息子のステップも形を変えて復活。作り付けの棚やロフトも同様に。気に入っていた木の扉は、すべて持ってきた。青いバスタブとサヨナラしたのは残念だったが、おおむね同じような家になったことで、猫型息子も安心しただろう。

 山手線の内から外への引っ越しとなり、深呼吸のできる空気を得たのは田舎育ちの私にはうれしかった。建物の前後に余裕があるので日当たりも風通しも良くて、住環境としては安全で申し分ない。ちょっとお店関係が寂しくなったかなというのは、残念ながらあるけれど。

 終の棲家として良いところに引っ越せたと、今は事の成り行きに感謝している。

変化ばかりの10年

 その他、この10年間、父を事故で亡くしたことで裁判などの手続きを当事者として経験し、人の裏表もまざまざと見せられ、支援者としての活動に対する心境の変化もあった。コロナ禍の開始のタイミングで、家族の大きな支えだった愛猫も闘病の末に死んでいった。

 自分の持病も悪化したことで仕事も開店休業、生活も内に内にと閉じて行ったが、追い打ちとなったのが、コロナが席巻したことだった。

 でも、コロナによって社会が止まった期間、私はゆっくり療養に専念できた。今は幸いにして体調も回復してきている。

 そして、この10年、支えてくれた家族や友人等への信頼や絆は深まったと思う。

 新たなチャレンジも始めた今後の10年は、どう閉じた生活から変わっていくだろう。次の10年間、無事に生きているかもわからない。やりたいこと、延び延びにしてしまった、やらねばならないこともある。

 限りある人生、家族友人自分を大切に、楽しんで行こうと思う。