黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

やっと一息

この2週間ぐらい、綱渡りの毎日だったがようやくトンネルを抜けたような気がしている。すべてのタスクを済ませたわけじゃないのだが(テープ起こしをお待ちのOさん、もう少しゴメンナサイ)、土曜日に、先週行った取材のメモを送信し終わり気が抜けた。ということで、きのうから今日にかけては掃除・洗濯・猫の風呂・墓参りとがっつりたまったことを片づけた。「坂の上の雲」も二百三高地を見たし、ワンセグの小さい画面だったけど高橋大輔スゴイ!と滑りも堪能した。
 
(ところで…テレ朝ってすごくえげつない・・・それまではどうでもいいグランプリファイナルの練習風景なんかで時間を稼いで、「坂の上の雲」のスタート7時半にぴったり高橋大輔のフリーをぶつけてきたのには呆れた。番組後半で再度、高橋大輔の滑りを放送した時には一部カットするし。だったらくだらないショーアップ部分を削ってくれればよいのに。いやなことをする局だな、と後味が悪かった。気を持たせてCMを入れる手法だったりについては「日本人はどうして文句を言わないの?韓国だったら暴動が起きるよ」と韓国に住んでいる古い友人に言われたことがあるけど、本当にシャレにならないぐらい、日本の放送局って視聴者を差し置いてスポンサーのことしか考えてないな~と思うことが多い。)
 
話が大幅に横道にそれたが、最近ずっと力を入れていた文書がめでたく日の目を見、関係者がネットにアップしてくれていた。
 
提出に私がお付き合いさせていただくのは、もともと最近はオバサンには無理な徹夜続きだったことを考えればスケジュール的にムリムリな相談だったのだが、案の定、用件が立て込んでいたうちのラスト1件が何ともならずドタキャン。なんと恐れ多い・・・とも思うけれど、そちらはともかく私は書き終わっているのだし、提出だったら行ってくれる人は他にもいるけれど、こちらの残る原稿を手当てできるのは私しかいなかったのだから、選択の余地はなかった(行って下さった皆様、ありがとうございます。お疲れさまでした~<(_ _)>)。
 
先方の反応が実際に聞けなかったのは残念で、その点では行きたかったな・・・とも思うけれど、私は被害者をサポートする立場だということを考えれば、結果的にはそれで良かった。残る原稿も、来週の法務省での意見聴取を控えている被害者の方の下書きお手伝いだったので、同様にかなり重要だったのだし。
 
とにかく、このように声を上げようと決めた被害者の方たちには、出来るだけのことをして差し上げたい。もちろん、これまでにも書いているが、全員が全員、声を上げなければならないというのではない。時期的なこともあるだろうし、人それぞれの考え方もあるだろうし。
 
でも、波風を嫌い都合の悪いことは忘れたがる日本社会の中で、被害者が声を上げることは「事件を矮小化しないで、風化させないで」等と、決して耳に快くはない、人の痛いところを突くようなところがあるかもしれないことを考えれば、それを勇気を持って声に出し、教訓を世に問うことは、やはり難しさを伴い、並大抵のことではないのではないかと思う。これまでに書いたように、被害者本人にしても、被害体験を口にすることは、つらい記憶をなぞることであり、その辛さについては言うまでもないのだし・・・。
 
被害者は社会のひずみを代表して被害経験をこうむっているような部分があるわけで、その声を生かして社会をよりよい方向に変化させることは、必ずや社会にとってプラスのはず。だから、被害者の方には「声を上げるチャンスが巡ってきて、やりたいと思ったらトライしてみて」と言ってあげられるように私は支えたいし、他にも支える人間が多くいてほしいと思うのだ。
 
先日、ある場所で支援者を前にお話しさせていただく機会をいただき、その時にも申し上げたが、これまで被害者側が情報発信をすることを、周囲はあまり想定してこなかったような気がする。情報発信というと大手メディアが頭に浮かぶが、昔から、メディアからは報道被害を受けないように被害者を守る、ということが主眼になってきていて、メディアから被害者を遮断することばかりが良しとされてきたように思う。
 
しかし、その結果、被害者が望む場合であっても情報発信のチャンスが奪われてきた面もあり、それが逆に誤報(=報道被害)にもつながった場合があったり、適切なサポートを社会から得られなかった場合があると私は考えている。
 
なぜなら、被害者からの情報があればそれが優先されて掲載されるけれど、そうでなければそのスペースには周囲の誤った情報が掲載されてしまう恐れがあるからだ。逆にいえば、自覚は無いだろうが、被害者の声は他のどうでもいい情報を圧倒して打ち消す力があるのだ。
 
こんなに強い発信力を持つ被害者ならば、適切なサポートさえあればメディアのマイナス面ばかりじゃなく、プラス面を生かせるはず。甘い!と言われるかもしれないが、メディアの向こう側にある社会には被害者の声を聞く耳のある人たちはたくさん増えているような気がするし、その間をつなごうとしているハートのある記者もいると、私は思っている。
 
もっとも、現在はこのようなブログもあり、ツイッターもあり、国民が望めば簡単に情報発信できる時代ではある。でも、より多くの人に繋がる手段として、メジャーなメディアはまだまだ被害者にとって無視のできない、社会への大きな窓なのではないかと思う。
 
・・・最近足りない脳味噌を使いすぎ、散漫な文章になってしまった。この続きはまた今度書きたい。