黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

お節介焼き・・・報われるとは限らないけど

残念な話を聞いた。先週、被害者支援に取り組んでいる弁護士さん達に頼まれ、ボランティアで遠隔地まで調査に同行したのだが、その被害者の方からクレームのお手紙を頂戴したのだそうだ。
 
私たちに対する様々な点での指摘があったのだそうだが、総じて「話が違う」的なものだったようだ。事前にどのような話になっていたのかは私は分からないが、そのような手紙を書こうと思うぐらいだから、かなり疑心暗鬼になってしまっているんだろうな・・・と気の毒に思う。
 
被害に遭うと、被害者や家族は社会がキープしてくれていると思っていた安全感とか、漠然とした信頼感が失われると言うが、そうだろうなと思う。事件前は当たり前に生活していたのに、怖くてできなくなる・・・といったことも、その信頼感が奪われるからだろう。
 
両親を危険運転による交通犯罪で失った女性が、先日の講演で言っていた。「事件から車を運転できない」と。無理もないことだ。
 
人に対しても同様だろう。人権侵害の最たるもの(=犯罪、特に身体犯)に遭ったら、他人をそのまま以前のように信頼できるか?難しいのではないだろうか。そこに、悪意が無くとも何かしらボタンの掛け違いがあったら・・・あれもこれも信頼できなくなってクレームが噴き出すというのも無理からぬものと、やはり思ってしまう。
 
私に関するクレームとしては、現地の記者をすぐに紹介してくれると思ったのに・・・といったことらしい。古巣の新聞社が現地に置く通信部に連絡し、話を付けるのは至って簡単なことだった。でも、私はそれをしなかった。そんな簡単なことで良かったのなら、そうしておけば良かったのだが。
 
でも、現地のことについてあまりページを割かない&あまり読まれていない全国紙につなぐより、ご実家で読んでいるとか、周囲の人がより多く読んでいるような現地紙のほうにつなぎを付ける方が、ご本人の望む結果に近づけるのではないか?と思ったのだ。
 
また、被害者への理解のある(という風に一応聞いている)新聞社がたまたま現地にあり、そういった意味でも、そちらにつなぐ方向で努力した方がご本人のためには確実に良いのではないかと、その新聞社の出した被害者関係の本も持っていって差し上げ、お話をしたつもりだった。
 
実際に本人の話を伺ってから・・・という段取りでは、しかし、ダメだったらしい。
 
弁護士の先生たちについても、被害者のためにベストの結果が得られるように、通常あまりないアクションを取るために準備をされていた。そのため、臨機応変で動いていたように私には見えた。
 
ただ、通常の簡単な事件とは異なる手法が当然あり、「臨機応変」を被害者側が「聞いていない」と疑い始めてしまうと、限りなく胡散臭く思えてしまうかもしれないなあ・・・とは思う。付け加えて、事前の打ち合わせでどう今回の調査について被害者側に伝わっていたのかは、確かに気になるところだ。
 
今、クレームの手紙をくれたという被害者の方は、心がズタズタなんじゃないだろうか。誰を信じたらいいのか分からない状態になっていて、不安で不安で、何かにすがって泣きたいぐらいなんじゃないかと想像する。
 
もう、時間もないのに・・・それを考えると、私も途方に暮れる。
 
一応、クレームに対してご説明して、それが受け入れられないようなら撤退するしかないだろうとは思うが・・・「何十人も探して、やっと被害者のことを分かってくれる弁護士に出会えた」とこの弁護士については感謝して言っている被害者の方々も別にいるぐらいなんだから、信じてみてもいいんじゃないかなぁ・・・ここで書いても虚しいだけだが。