黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

相手をコントロールしようと思ってはいけない

 最初からお断りしておく。とりとめのない話になりそうだ。7年ぶりに再発したメニエール病のせいで、目が回っているもので。夏に頑張りすぎたせいか・・・若くないんだから、無理はいけませんね。
 
 さて、世の中は選挙モードになっている。どの党が政権を担うのだろうか。どうにか被害者のための施策を進めてくれる政治家を見つけて、その人に投票できたらいいのだが・・・ここまで書いて、もう投げやりな気持ちになっている。「立法府の怠慢だ」と、ストーカー規制法でメールの大量送り付けにも対処できないザル法ぶりを、ある被害者遺族が先週の講演で嘆いていたが、政治家のみなさんをテレビで拝見すると、国民があちこちで落ちそうな大きな穴も何も放りっぱなしのまま保身のために一斉に走り出しているようにしか、残念ながら見えない。
 
 しかし、あまり悲観的になりすぎるのも生産的ではないのでやめよう。絶望していても何も生まれない。中にはきっと、心ある人もいるに違いないと思いたい。大体、民主主義は時間がかかる。魔法のように何かが一発で片付くはずもない。救世主のような、全知全能の政治家を求めようとは思わないことだ。いい意味でも悪い意味でも人間なんだから。引っ越してきたばかりで、まだ誰がこの地元から選出されているのかすら分かっていないのだが、「あんまり支配的でない人」をどうにか見つけて、投票したいと思っている。
 
 このところの、身の毛もよだつ犯罪の根っこに共通するのは「支配」だろうと思う。尼崎事件として報じられている、角田美代子被告による周辺家族を支配下に置き崩壊させていっている事件では、角田被告の一味に家に入り込まれ、恐怖におののいた家族同士が暴行しあい、殺し合いにもなっていた様相が段々と表面化してきているようで、本当におそろしい。地獄のような話だ。
 
 角田被告のことを何らかの人格障害だと論じた人もいたように思うが、人格障害を持つ悪魔のような人間に支配され、普通の家族が一変させられたとしか言いようがない。
 
 昨日の報道の中で「側近」と呼ばれていた中には角田被告の義理の妹、そして息子の嫁(つまり義理の娘)がいたが、窃盗罪の法廷で出廷していたふたりについて、「角田被告に出会わなければ、こんな犯罪に手を染めることもなかったのではないか」というコメントがあった。その通りだろうと思った。
 
 このふたりの立場で考えたら、特に義理の娘の立場からすれば、実の姉と、自分たち姉妹を守るために付いて来てくれた伯父のふたりともが殺されているのだ。自分が殺されないと、誰が保証できるのだ。沖縄まで逃げても、連れ戻されて余計にひどい暴行を受けて死んだ姉を見ていれば、自分が生き延びるためには角田被告の奴隷になって手足になるしかないと考えても不思議ではない。
 
 生き延びると加害者として罪に問われ、そうでなければ殺されるしかない。似た話が、以前、北九州でもあった。今回の尼崎事件では、その北九州の事件を関連付けての報道もあったように思う。
 
 男の言うままに自分の親族を次々に事件に巻き込んだ女性は、現在、無期懲役で服役しているが、死刑判決が下される可能性もあった。このように、自分本来の意思でなく、他の人物に支配されて道具のようになって行った犯罪も、自分の意思で行った犯罪も、いっしょくたに裁かれているようで、どうも釈然としない。
 
 北九州事件では、主犯は死刑判決だったのだから、量刑で差が付いたじゃないかと言われるかもしれないが、それでも自分の家族に手を下さざるを得ないという地獄を生き延びた女性は無期懲役で、全然軽くない。主犯とは、もっと差が付けられてしかるべきなのではないのか。あの女性は、殺害されるのも、時間の問題だった。殺されていたら立場は「被害者」だった。
 
 刑法上、加害者を罰するには「強要」とか「教唆」等があるけれど、強要されて罪を犯さざるを得ない被害者はどうなるのか。違法性が阻却される「緊急避難」の要件が、狭すぎるというか・・・「正当防衛」もそうだ。正当に防衛できる前に、体力の無い私などは必ず殺されちゃうよ、いったい正当防衛ができる人なんかいるのかと常々思う。心神耗弱には当てはまるのか?しかし、支配にある間、ずっと心神耗弱であり続けていると見てくれるかどうかは怪しいものだ。
 
 法律で想定されている人間は、加害者も被害者も、どうも意思をしっかり持ち、がっしりした肉体を持った男性のような気が漠然とする。「被支配」についてもそうで、法律がこういった人間の弱さを反映していないために、本当の被害者を見誤ることになっていないかという気がする。
 
 支配をされている人間の罪を大幅に減刑できるのであれば、もっと早くに事件も明るみに出たのではないのだろうか。ある意味、被支配から生き延びた人に司法取引的に大目に見るシステムがもしあったとしたら、警察に通報しやすくはならないだろうか。
 
 そういったシステムが司法制度の中でできるためには、社会の中で、人間関係での「支配」は好ましいものではないどころか、やってはいけない卑怯な悪癖だとの考えが根付くべきなのだろう。以前も書いたが、束縛などの「支配欲」を愛情と勘違いして相手を追い掛け回したり暴力を振るっているのがストーカーだったり、DV加害者だったりする。逗子でも支配欲に狂ったストーカーが相手を殺したが、この暴力が愛情の発露であるわけがない。
 
 自分の内なる不安を打ち消すために、相手を思う通りにコントロールしたい。それは全ての犯罪の始まりのような気がする。他人の領域に立ち入るのであれば、必ず、精神的であれ、身体的であれ、暴力的な手を使うことになるから。暴力やそれに伴う恐怖を使えば手っ取り早い「支配」だが、その甘い蜜に目がくらみ、他人との境界を踏み越えて相手を支配しようと思ってはいけない。そう社会が共有すべきなんだろうと思う。
 
 そんなことを共感してくれる立候補者、いませんかね?