黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

千野アナ報道、被害者の声はどこに(1)

 ちょっと体調を崩して寝てたら、ぎっくり腰ならぬ「背中ぎっくり」になった。体質のせいで湿布を貼れないので、今もひたすら患部を冷やしている。泣きっ面に蜂、何のバチが当たったのか…と思ってから、あ、こういう考え方ってダメだった…と思い出した。
 
 以前、「ねえお母さん、うちは何の罰が当たったの?」と子どもに聞かれ、子供を抱きしめて泣くしかなかったという被害者遺族の話を聞いたことがあった。最近のツイッターでも似たようなツイートを見たばかりだったのに…。
 
 被害者にすれば、事件は急に降りかかってくるものだ。が、「被害者が何かをやったから罰が当たった」という、いわゆる因果応報的な物の考え方は、被害者遺族を不必要な自責の念で雁字搦めに縛り付け、苦しめるだけだ。だから止めようと思っていたのだった。
 
 被害者を含めて、人間は死は避けられない。そして遺族にすれば、身内を理不尽な理由で喪う悲しみを経験することは、山あり谷ありの人生の中でも、絶対に避けたいひどいマイナスだとは思う。
 
 けれど、次にジャンプするために少し大きくかがみこんでしまっただけ…と無理やりにでも考えられないか。つまり、人智の及ばない「定め」のように既定のプログラムがあるのだと考えて、「バチが当たった云々は関係ないよ」と私は被害者側の方たちに言いたいのだ。
 
 そうでないと、被害者側の方たちは、堂々巡りでどんどん自分を責め続ける。色々と不毛な理由を見つけてきてでも、自分を苦しめ続けてしまう。
 
<おかしい「チノパンかわいそう」>
 
 さて、1月2日に元フジテレビの千野志麻アナが38歳の看護師の男性を帰省先のホテル駐車場ではね、死亡させたという事件が起き、それが大きく報道されていた。
 
 「過失による事故は仕方ない。チノパンかわいそう」というトーンが報道に見え隠れするのが気になる。ネットではそれに反発する声もかなり見られるが、人をひき殺した加害者をニックネームで呼ぶような報道が続いている背景には、自分もハンドルを握ることもあるから…と千野アナの立場に自分を置いて考えている人が多いことがあるのかもしれない。
 
 加害者になるよりも被害者になる方が確率的に大きい、と聞いた覚えがあるが、それにもかかわらず、人はあまり自分が被害者になることを想定できていないような気がする。むしろ、自分が罪を犯さないよう自制するあまり、自分が加害者になったら…とそちらの立場で物を考える人が多く、実はその方が健全らしい…という話も何かで読んだ覚えがある。特に真面目な人はそうらしい。
 
 確かに誤りを犯すのが人間だと理解し、自戒するのは必要なことだ。それでも、過失犯でも法律上、犯罪は犯罪だ。だから「加害者かわいそう」は行き過ぎでおかしいでしょう、と書いておきたい。
 
<人気アナだったから、大扱いの報道があった>
 
 それから、千野アナは、自動車運転過失致死罪で書類送検されたようだが、逮捕はされなかった。そのため「身内に政治家がいるセレブだから扱いが違うのか」と色々と議論も巻き起こっている。
 
 一般人加害者の事件だったら、こんなに全国的に報道されることはまずなかった。新聞でも、書き方にもよるが、地域版のベタ記事になるのがせいぜいだったろう。名前の通った人気アナウンサーが事件を引き起こしたから、こんなに大体的な報道になったのだ…と記者を経験したので、言っておこうと思う。
 
 それが千野アナへの誤解にもなっているとは思う。「セレブだから逮捕されない・容疑者とニュースで呼ばれない」ではなくて、「容疑者と呼ばれないのは逮捕されていないから」であり、「逮捕されない事件は数多くあるけれど、そちらは一般的には全国的な報道がないから知られていないだけ」なのだ。一般的な事件の報道基準が当てはめられたのではなく、有名人だから全国ニュースの価値ありと判断され報道されているのだということは、知ってもらいたい気もする。
 
 千野アナは、おそらく自身が通報者だったことで自首扱いにもなったのかもしれないし、過失の態様が悪質でないとか逃亡や証拠隠滅の恐れが無いとかで、逮捕要件には当たらないと見られて逮捕を免れているのだと思う。
 
 しかし、逃亡は有名人だからできないにしても自殺したら最大の証拠隠滅になってしまうし、引きこもって泣いてばかりで事情聴取にも満足に応えないなら実質的には自首になってないし、逮捕しても良かったんじゃないかと個人的には思わないでもない。
 
 その逮捕の是非についての判断に、「セレブ」という点が関わっていたのかどうか…この点は、個人的には完全に否定はできないような気もしている。
(続く)