黒猫の額:ペットロス日記

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千野アナ報道(2):加害者主役の報道の効果は

 対照的に、今回の事件の被害者側は名前と年齢、職業、住所ぐらいしか伝わっていないようで、家族の声も伝わってこないが、家族が亡くなる惨事が突然降りかかってきて、今は大変な状況にあるのだと思う。泣きぬれた美女にただでさえ弱いマスコミが、大挙して応援団としてバックについてくるような気がして、マスコミを全て避けているのかもしれない。
 
 だが、加害者の千野アナだけが主役のようにスポットライトを浴びて報道が続くと、報道によって得られるはずのプラス面を全部、加害者側だけが享受することにならないか。被害者の声が社会に伝わらないことで、後々、被害者側は報道のマイナス面だけを引き受けることになるかもしれないと、それが私は気になっている。
 
 犯罪被害者の支援者にお話しさせていただいたこともあるが、支援の場では、「報道被害」というマイナス面ばかりが強調して語られ、これまではマスコミは排除すればいいだけの存在として避けられがちだった。今も、警察の支援が入ると、マスコミは簡単に排除されるだけだ。
 
 だが、「両刃の剣」と呼ばれるだけあって、マスコミにはプラス面も存在する。1つには、正確な情報を被害者側が早期に出すことによって、良く事情を知りもしない人の無責任なコメントはニュース価値が薄れ、報道されることを防げる。結果的に誤報が避けられる。2つ目には、その人の声が正確に大きく伝わることによって社会の共感が得られやすいことだ。社会の共感が得られることによって、例えば捜査に必要な事件関連の情報が集まったり、ビラ配り、署名活動でも協力してもらいやすくなったりする。
 
 3つ目には、捜査手法に被害者が疑念を覚えた時なども、マスコミに取材に入ってもらうだけで(報道に至らない場合でも)、捜査側はいい加減なことができなくなる。この監視は、報道の本来の役目だったりするのだが、「報道被害」を名目に警察がマスコミを排除したがる理由もここにある。
 
 私は「社会に向けての特大のスピーカーがマスコミ。マイクが回ってきている時に、社会に向けて言いたいことがあったら、しっかり言いましょう。被害者の声はニュース価値があって強いから」などと、被害者の方たちに話をしてきた。
 
 そのマイクを、今回の事件では、加害者の千野アナ側がずっと握った状態にあり、被害者のニュース価値が相対的にしぼんでしまっている。その情報発信力たるやものすごく、たぶん本人が望まないことまで報道されているぐらいだろう。
 
 そうすると、普通なら加害者が得られないような社会の共感まで、千野アナが独占してしまうことにもならないか。被害者側が何も発信しないままでいると、憶測だけが広がり誤解されたままとなり、下手したら、後々バッシングにさらされることになりはしないか…と思うのだ。
 
 例えば、被害者のつらさ、しんどさが伝わらないと、「いつまで被害者ヅラで悲しんでいるの。どうせチノパンに多額の賠償金をもらったんでしょう。良かったわね」のような、家族が亡くなってうれしいはずがないのに、宝くじにでも当たったかのような的外れな妬みに見舞われるかもしれない。 
(さらに続く)