黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

千野アナ報道(3):社会が勝手に加害者を許す

 今でさえ、加害者が逮捕されず、マスコミで主役扱いされていることで、被害者側は二重にも三重にも苦しい思いを味わっているのではないか。
 
 通夜や告別式への参列だって、もし断りたかったとしても、それは既にマスコミが作り上げた「こんなに反省しているじゃないか」という空気が許さなかったかもしれない。セレブ報道によって、元首相の甥っ子が旦那さんで…と聞いただけでも、親族からは「むげに参列を断れないんじゃないか」という圧力がかかりそうだ。
 
 また、「号泣している」「憔悴しきっている」と報道されている人に対して、人情としてさらに非難できるものかどうか。躊躇が生まれただろう。
 
 そこでも、もしかしたら過失の程度が悪質でないなどと事細かに報道されていたことが効いたかもしれない。「加害者の過失があんまりないってことは、じゃあ、亡くなった被害者に非があったってことなの」と考えて参列受け入れを泣く泣く決めたのかもしれない。
 
 そして、被害者は亡くなっているのに、生きて歩いて、ふらつけば誰かが支える加害者を目の前にするつらさ。焼香までさせてやるのは、本当なら悔しくて悔しくて仕方ないのではないか。
 
 本来なら、通夜・告別式で思う存分泣きたいのは働き盛りの男性を亡くした側の被害者家族の方だ。また、あまりに突然で大きな喪失に直面すると、泣くことも忘れてしまっているかのように感情を喪い、はた目には冷静に見える人もいるというから、もしかしたら泣きたくても泣けない精神状況に陥っているかもしれない。
 
 それなのに、通夜・告別式で被害者からの批判をシャットアウトするように加害者側が先に号泣し、感情を思い切り発散していたとしたら…。「あなたはいいわね…」と私が被害者家族だったらたまらなく羨ましく憎らしく、その場で大人として我慢させられたことだけでも耐えがたい心の傷になりそうだ。
 
 ここまでは、千野アナに関する報道を読み、私がこれまで接した他の事件の被害者の方たちの声を思い出して推測を書いたものだ。本当のところ、今回の事件で加害者がどのように振る舞い、被害者家族がどのような状況にあり、どのようなお考えをお持ちなのかは私には分からない。
 
 ただ言えるのは、被害者の立場に沿った報道がほぼないままの加害者主役の報道のおかげで、加害者側の目線に近い人も多くなっているのではないだろうか。
 
 ネットでちょっと見たら、「謝ったんだから、もうこれで叩かなくてもいいじゃないか。チノパンは子供とハワイでも行って数年ほとぼりを冷ませば、子供も英語ができるようになっていい」といった内容の、さっそく通夜・告別式で謝ったことで許しは当然得られるものと考えたようなコメントが見られた。裁判もまだなのに。
 
 被害者側からすれば、百歩譲って焼香させてあげただけかもしれないのに、もう「許す」?許す権利があるのは被害者だけのはず。周りに強要されるようでは、それも二次被害になってしまうだろう。
 
 また、焼香もそうだが、夫とともに多額の金銭を包んで…という覗き見的な報道もあった。それが、たとえ金銭的な賠償を受けることと謝罪を受け入れることとは関係ないと被害者側は考えたとしても、裁判で加害者側に有利に働くことも考えられる。
 
 社会が勝手に加害者を許し、被害者は加害者を責められないなら、じゃあ被害者は誰を責めればいいのか?バチが当たったと、自分や家族、亡くなった被害者を責めるしかないのか。そうではないはずだ。