黒猫の額:ペットロス日記

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亀岡事件:それで、本当の反省なのか

 京都・亀岡の事件で、運転手の少年に対する裁判の判決が、京都地裁で昨日19日に言い渡された。
 
 検察側の求刑が5~10年の不定期刑のところ、5~8年の不定期刑の判決。よくある「8掛け」であり、量刑から2年が減らされた。裁判所はつべこべ言わずに従来通りのルールに則って淡々と出したということか…?午後2時からの判決言い渡し直後のニュースを見て、そんな印象をまず持った。
 
 遺族の1人は、判決後の記者会見で「『本当に悪質な事故、これですら上限にいかないって、本当に法律って、何なんだろう…』と、声を震わせた」そうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20130219-00000811-fnn-soci
 
 ほかの交通犯罪被害者の側からも、まず「過失罪」で裁くこと自体が間違っているのに、さらに求刑から2年も量刑を減らされて、「茶番劇のようだ」などと判決への批判が出ていた。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/631750/
 
 以前、あるご遺族が「結局8掛けと決まっているのなら、裁判官の席にロボットを座らせておけばいいじゃないか」と言っていた。血が通っていると思えなかったからだろう。
 
 夕方を過ぎて、判決の内容がもう少し伝わってきた。弁護側は、家裁へ移送した上で中等少年院送致の保護処分を求めていたが主張は退けられ、検察側の主張が通っていた。が、量刑が2年減った理由は、被告人の19歳の少年が「反省している」から、求刑のままの言い渡しは躊躇するということだったらしい。
 
 しかし、これまでの報道を見ると、少年の反省は、遺族感情を逆なでするようなものにすぎなかったらしい。「将来、結婚して家庭を持ったら子供には無免許運転をしないように言いたい」と反省文を書いたらしいのだ。それは、わざわざ初公判で提出された。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/587761/
 
 自分の引き起こした事件によって未来が断ち切られ、結婚することも家庭を持つことも子供を産むこともできなくなってしまった幼い被害者もいる。生まれてくる娘を含めて子供たちのそんな将来を見守りたかったママも被害者にはいた。それなのに、その人たちの将来を奪った自分が、そんな自分の明るい将来をわざわざ遺族の目に触れるように語っていいものかどうか、どれだけ被害者が悔しく思うか、少年は全く思いが至らなかったらしい。
 
 そして、被害者側の傷に塩を丁寧に塗りこんでいるのに等しいのに、それを「反省している」と言う裁判所。これは、いつも多くの被害者側が指摘することだ。表面的・形式的な謝罪でも裁判所が簡単に「謝っている」「反省している」と評価してしまうことに、被害者側にいる人たちの多くが、大きな違和感を覚えている。それがまた今回も繰り返されてしまったようだ。
 
 少年は丸刈り姿だったらしいが、どんなにトンチンカンな反省をしていても、その丸刈りも、まさか裁判所には訴えるものがあったということなのか。「らしく」見せるパフォーマンスでしょ、そんなの…とは裁判所は思わないのか。
 
 いつもいつも個人的に気になるのは、何か不祥事があった時に、記者会見で「世間様」には「お騒がせしてスミマセン」と素早く謝罪して見せるのに、肝心の直接の被害者には謝罪どころか連絡もまだだった…という被害者個人を軽視する振る舞いがこの社会ではまま行われていることだ。
 
 とにかく、体裁を繕うことが先なんだろう。それって、外面だけは良いDV加害者の二面性を思わせる。
 
 加害者が本当に謝罪して向き合わなければならないのは、裁判長ではなくて、被害者の方だ。被害者だけが、真の許しを与えられる存在ではないのか。被害者の心に通じるような謝罪をするために、知恵を絞るのも、加害者側の責任のうちだろうと思う。