黒猫の額:ペットロス日記

息子は18歳7か月で虹の橋を渡りました

支援者しか、伝えられない

 まさか自分が犯罪に巻き込まれて、被害者になるだなんてことは、誰もが想像できないこと。自分が犯罪に遭った時のことをシュミレーションできている人なんて、そうそういないのではないだろうか。
 
 考えるだけで怖いとか、言葉に出したら縁起が悪いとか…それは、無理もないことだ。だから、いつも思うのだが、本人が備えることができないのだから、支援をしている人たちしか、被害者のために何かを勉強したり備えておくことは本当にはできないのかもしれない。
 
 その勉強したこと・備えておいたことは、しかし、支援者が自分だけの頭や心の中に置きっぱなしにしておいては、意味がない。
 
 自分だけが分かった気になっていたりはしていないか、被害に遭って混乱の中にいる被害者に、自らが知る情報の中から「その時」必要な情報をきちんと提示できているのか、常に支援者は考えてほしいな…と、支援者の末席にいるかどうかわからない私が言うのも僭越ながら、思う。時間的な制約などの状況を考えると、実質的に、支援者しか被害者の立場で必要なことを伝えられないと思うからだ。
 
 以前、刑事裁判を終えてずいぶん経つ被害者遺族に話を伺った時に、「三審制って何?あなたの言うコウソって何?」と聞かれて驚いた。
 
 内心の私の驚きが伝わってしまうことでそのご遺族にショックを与えてはいけないと思い、できるだけ平静を保って話を聞くと、そのご遺族はコウソ=検察官が公訴を提起する方の「公訴」だけだと思っていて、「控訴」については何もご存知なかった。
 
 地方裁判所での第一審の裁判では、そのご遺族は被害者参加もしていたのだから、被告人の刑事裁判に関心がないわけではなかった。企業に勤務しており、失礼ながら一般常識は普通にお持ちの方だったので、手続きの理解に難があるわけでは全然なかった。
 
 しかし、すっぽりと「控訴」周辺の知識だけが、不幸にも情報の中から抜け落ちてしまっていたらしいと、話を伺って分かった。
 
 大筋をざっくりと書けば、地方裁判所での判決に納得できない場合、高等裁判所での判断を仰ぐことになり、そこでの判決に憲法違反などがあった場合には、最高裁判所まで裁判が続く。合計して三回、裁判を受けることができるので「三審制」と呼ばれる。その上の裁判所に進む際の手続きは「上訴」と言って、高等裁判所での裁判を希望する場合は「控訴」、最高裁では「上告」と言い方が変わる。
 
 被告人やその弁護人、検察官は「上訴」手続きができるけれども、被害者にはそんな権限はない。だから、これまで多くの被害者が、何とか検察官に「控訴」してもらえるよう、地裁での判決が出たらすぐにあの手この手の涙ぐましい働きかけをして検察官を説得しようとしてきた。努力したからといって、検察官が「絶対に」控訴してくれるわけではないのだが…。
 
 それでも、被害者参加制度ができ、参加人になった被害者は検察官に納得できるまで説明を求められるという条文が刑訴法にできたので、それを根拠に控訴への働きかけができるようになっている。別に最高検察庁の通達もあるし、以前のように、「被害者に説明する法的根拠がないから、説明しない」などと冷たく検察官に被害者側が突き放されることはなくなっているはずだ(…と信じたい)。
 
 説明はこれぐらいにして話に戻ると、例のご遺族は、地方裁判所での第一審判決に満足していたわけでは全然なかった。自分の希望する罪名での裁判にはならなかったし、量刑にも不満があったのだそうだ。
 
 けれども、「もう裁判は終わってしまった。終わってしまったものは仕方ない」と切りかえ、判決公判が終わってすぐに仕事上の用件もあったのですぐに裁判所を離れたのだという。後で検察官から電話が入ったが、移動中だったこともあり、正面から判決への不満をぶつけることもなく「皮肉を言って型どおりのお礼を言ったぐらい」で全てが終わったと思ったのだそうだ。
 
 検察官には、控訴については尋ねられなかったとか。そして、検察官が自らの判断で進んで控訴することもなかった。加害者側も控訴をしなかったので、2週間後に判決が確定した。
 
 私は、今さら控訴について説明をしても酷なだけかもしれない…と躊躇したが、「どうして誰も教えてくれないのか」との言葉を受けて、当時、腹をくくって説明した。
 
 「控訴なんてものがあることさえ知りませんでしたよ。高等裁判所最高裁判所なんて、何か特別なケースだけが裁判を受ける場かと思っていました」と、そのご遺族は顔色を変えながら私に言った。
 
 説明しながら、私もつらくて「自分がいけなかったのか」とご自身を責め始めたご遺族と一緒に涙するしかなかった。判決は確定しているから、もう取り返しがつかない。ご遺族は、亡くなった被害者に代わって自分が精一杯闘いたいと思っていたのに、それが自分の落ち度でできなかったと泣いていた。
 
 でも、絶対そうじゃない。被害者参加弁護士、検察官、支援者が説明しないのがいけなかったのであって、事件後の様々な手続きに振り回されていて多忙を極めていたあなたのせいじゃない…と、私は言うしかなかった。
 
 別れ際、「被害者のための刑事裁判ガイド」を執筆中だった私に、「自分みたいなことに他の被害者が苦しまないよう、頑張って書いてください」とその人は言ってくれた。私も、こんな苦さを他の被害者に味わせてはいけない、しっかり頑張ろうと気が引き締まった。
 
 なぜ、こんなことを今書いているのかと言えば…最近、また危うい話を聞いたからだ。弁護士も、支援者もたくさんついているはずの被害者なのに、控訴について何をどうしたらいいのか見当もつかず、困っているらしい。時間は限られているのに。
 
 まわりにいる支援者の人、どうか気づいてほしい。自分だけ、被害者が必要な情報を抱え込んでいませんか?必要な情報がないと、被害者が悔いのない判断ができませんよ…。